先日のバス停の地名”強清水”に関する昔話を見つけました。
川中島(かわなかじま)出陣のため武田信玄(たけだしんげん)は隣の国、甲州から大軍を率いて大門(だいもん)峠を越え、大門の小茂ヶ谷(こもがや)の手前広原(ひろっぱら)のあたりにさしかかりました。信玄はここで本隊をとめしばらく休むことにしました。広原の道ばたにはこんこんと湧き出る冷たいきれいな清水がありました。
信玄は部下が汲んで差し出した清水をぐっと飲みほし「よい清水だ。」と喜び、しばらく休むと、号令をくだし、先をいそぎ大門の中心宮ノ上(みやのうえ)のあたりにさしかかりました。
その頃の宮ノ上部落は隣の窪城(くぼき)部落とひとつの部落になっていて、部落の高地には明神様がまつられていました。信玄は明神様にお参りするため再び部隊を止めました。
村人たちもてい重に信玄を出迎え、みんながだいじにしていた清水をお椀に汲んで信玄にさし出しました。いっきに飲みほして、「これは良い水だ。」とたいへんほめました。
「風林火山」の旗を押し立てて怒涛のような勢いで中部関東にまで手をのばし天下制覇を夢みて京都に向かって進みました。
ところが無念にも三河の野田城をおとしいれたころから、信玄は病気になってしまいました。一度甲州に帰って病気をなおしもう一度出なおそうと考え大軍をすごすごと引きかえさせました。
下伊那(しもいな)の駒場(こまんば)[阿智村](あちむら)まできたころ信玄の病気はますます重くなり、重臣を集め「あしたは風林火山の旗を全部たてろ。」と命令し、信玄はすっかり京都に乗りこんだつもりになり夢うつつのうちに、「・・・川中島出陣のとき飲んだ大門の宮ノ上の清水がほしい。水、水。」といいました。
重臣が相談してけらいの一人を早馬で水を汲みに走らせました。水を汲みに来た信玄のけらいは馬のうえで考えました。「宮ノ上の水を汲んで帰るまで総大将(信玄のこと)が生きているかどうかわからない。同じ大門の強清水を汲んで帰ろう。」
信玄の本陣からは強清水の方がずっと近かったからです。「殿大門宮ノ上の水です。」差し出された清水をひと口飲み終わった信玄は、「これは宮ノ上の水ではない。」と、いいました。病気で夢うつつのうちにも天下の名将は清水を飲みわけました。
ときに信玄53歳天正元年(1573年)4月12日死によって天下制覇の夢はむなしく消え去りました。
信玄のほしがった宮ノ上の水を汲んでこなかったことで汲みにやったけらいに、罰をすることでいろいろな議論がかわされました。
水を汲みにきたけらいは、いいました。「ぜひとも殿様の最後の喜びにむくいるために強清水を汲んできました。この清水も殿が川中島出陣のときたいへん喜ばれた清水です。」と、・・・・・
いろいろな意見がありましたが、水を汲みにきたけらいにおとがめはなにもありませんでした。
信玄がまた飲みたいと、いってから、この宮ノ上の清水を「またたび清水」とみんなが呼ぶようになり、広原の「強清水」とともに、とても有名な清水になりました。

”宮の上にあるまたたび清水” と ”小茂ヶ谷の強清水”

風林火山ののぼりだけが目印。
(以上、地元観光協会サイトより引用させていただきました。)
月: 2008年5月
節電器、セーブ90をゲット
先日の記事で話題にした水道凍結防止帯の節電器、セーブ90(3本用)を
2個ヤフオクでゲットしました。
シーズンオフなので出品がないのですがたまたま見つけました。

3本X2で6本分ありますが、トイレ・お風呂・ボイラー~キッチンと
それぞれ3本ずつはありますのであと2つは必要です。
まだ春だから相当に気が早いのですが・・・
リフォーム進行中
海上保安制度創設60周年記念観閲式及び総合訓練 2
海上保安制度創設60周年記念観閲式及び総合訓練 1
長い名前の上記式典に招待されて行って来た。

こういったものに参加するのははじめてだったが、男子であるし、ちょっと興奮する。
搭乗艦はPLH22巡視船やしまだった。この日は、海上保安庁長官と松島みどり
国土交通副大臣が観閲官である。また社団法人日本水難救済会の名誉総裁
高円宮妃久子(たかまどのみやひひさこ)殿下もおられ間近に見ることができた。
皇族を見るのも初めての体験だった。
14:10~ 海上保安庁業務紹介
14:20~ 海上保安庁観閲式開始
14:35~ 観閲式(船艇)
14:45~ 観閲式(航空機)
14:49~ 放水展示訓練
14:50~ ヘリコプター編隊飛行訓練
14:54~ 人命救助・海上防災訓練
15:11~ サミット対策(海上規制)訓練
15:21~ サミット対策(テロ鎮圧)訓練
15:33~ フェアウェル(お見送り)
15:50 終了
前後40分程度が晴海埠頭と羽田沖の演習海域との移動時間であった。
搭乗艦やしまはヘリコプター2機搭載の大型艦なので快適な船旅でした。
デッキに立って潮風を受けると2年前のイタリア-クロアチア間の船旅が
思い出され懐かしかった。
節電対策・・・温暖化防止のために
寒冷地の水道凍結対策は大変なようです。私たちは春からの利用なので
ピンときませんが、水抜きというものです。
厳冬期の外気温は-10℃以下、その時の室温も氷点下に下がるため
水が凍ります。水道管内、排水口内、ボイラー内、トイレのタンク、ポット
はては缶ビールなどまですべての水を処理しないといけないのです。
メンテナンスをし易くするために、水道の配管は外壁からむき出しになっていて
その部分は電熱ヒーターで温めるようになっています。
このヒーターが、およそ3℃で通電するらしいのです。このセンサー部分が
確かにとても小さく、シンプルなため、水道管が10℃位になるまで切れない
との説もあります。(このため冬季は、暖かい水が出ます。)
実際の精度は定かではありませんが、近年の温暖化防止への取り組みで、
この寒冷地特有の水道凍結防止帯の節電については各地の”ストップ温暖化”
の取り組みで検証されています。
宮城県などは、63ページにもおよぶレポートを公開しています。
ここで紹介されているのは、サーモスタットではなく、ICの無接点制御で
ヒーターを凍結寸前で細かくオン・オフするもので、節電太郎とセーブ90
の2種類があります。
いずれも、上記宮城県のレポート(14ページ付近)や諏訪での実験で概ね
明らかに節電効果があると認められています。

いくつかのブログなどで購入記が検索できますが、どのサイトでも
結果として電気代がこのように下がったという報告がないのが
残念です。(我が家も、最初の冬から採用しようと思っていますので
同様にデータの比較はできませんが、電気代は報告しようと思っています。)
箱根神社にて
仕事で箱根に行ってきました。
芦ノ湖畔にある格式ある重厚な箱根神社では結婚式を
挙げているご両家がいらっしゃいました。

近年、いつにも増して海外からの旅行者が多い今日この頃、有名観光地である
ここ箱根にもたくさんの外国人の方が。
純日本的な神社で、和装の婚礼を見ることができたなんてラッキーですね。
皆さん、写真屋さんと一緒にシャッターをきっていました。

そして撮影が終わると、”ブラボー!”とみんなで拍手喝采。
いつまでもお幸せに。
バス停徒歩5分
山のおうち “La Pomme de Pin” ですが、先日の早朝探検で
バス停徒歩12分(約1km)ではなく、徒歩5分以内だということが
わかりました。
バスは国道を行くものだと思い込んでいましたが、これも先日の早朝
渓流釣りの際になんと国道から1本内側の集落のある細い道を
経由していることを目撃。(この区間国道には集落がないので
考えてみれば当たり前なんですが、それでも住民の要望で数年前に
実現したことのようです。)
別荘地からその道に出ていつもと逆方向に100mほどのカーブで
道がちょっと広くなっている所にバス停がありました。

田舎なので本数は少ないです。でもJRバス路線を町営で維持している
ようなので当面は廃止は免れると思われます。実際朝7時台の便は
通学時間らしく初めてお客さん(小学生)が大勢乗っているのを見ました。
バス停にも近隣の定住の方なのか車で送ってもらって来ている子供さんも
いました。
当初あまり重視していませんでしたが、将来運転が辛くなった時でも
新幹線+バス+徒歩5分で来れるというのはありがたく、便利なので
これは嬉しい誤算です。
“松ぼっくりの家”への道 (Road to La Pomme de Pin)
さて我が家が山のお家を意識したのは、2008スキーシーズン。
白馬の物件を筆頭に、ネットで予算内の物件を検索して見学しました。

いくつか見ていると相場感が掴めてきます。


一番は、冬の積雪時の敷地内の問題です。駐車場所を作るのに雪かきしないといけない。
見学時も道路は除雪されていましたが、敷地内には50~60センチの積雪があり、
長靴を借りていても膝上までもぐってしまうほどでした。冬にスキーで使おうとしている
我が家にこれは大問題でした。仕事を終えて夜中に到着して雪かきはツライ。
(これはつまり広い敷地はいらない、ということを意味します。でもその場合に近隣と距離を
とって静けさを確保する方法って??)
他にも傾斜地だったり、道路から離れた物件だと駐車場から、ツボ足で歩かないといけない
という問題も。(これも冬の積雪時には到着後荷物運びが大変)

設備的には築20~30年以上になると、トイレは簡易水洗汲み取り式(ぼっとん)!
お風呂・台所もちょっと子供の頃を思い出す感じ。


木の手すりも朽ちていたりして・・・
予算が足りないけど、もう少し上の価格帯じゃないとダメかな、などとカミさん共々
思い始めたそんな時、現在は賃貸中だが間もなく期限が切れるので売ろうかと
思っている・・・という現在の山のおうち”La Pomme de Pin”と出会うことができたのである。










